第3章 鳥の渡り
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1. 渡りをする鳥たち
季節によって棲む場所を変えるために移動すること
移動距離は種によって様々
ウグイスやヤマガラのように、季節によって森林から里に降りてくるものもあれば、往復の渡りの総距離が2万5000キロメートルを超える種もある ウグイスくらいでは、普通は渡りとは言わない
地球全体を見渡すと、大きく分けて3つの渡りのルート
ヨーロッパとアフリカ
北東アジアと東南アジア
北米と南米
東西方向にも飛ぶことは飛ぶが、ほとんどの渡り鳥の移動は、主に南北方向 東西方向だけに飛ぶ渡り鳥もいることはいる
シベリアエリマキシギなどは、シベリアから東ヨーロッパを経て中央アフリカまで、東西にも南北にも移動して、延べ1万2000キロメートルの旅をする 鳥は夜目がきかないとよく言われるが、渡りをするときには、夜間も飛行するものがたくさんいる
「月に雁」と言われるように、ガン・カモ類には夜飛ぶものがたくさんいる 月の光ぐらいがあれば十分
研究結果を総合すると、毎年、北ヨーロッパ、アジアからアフリカに向けてだけでも、およそ50億羽の鳥が渡っているはずだという計算
2. 渡りの至近要因
渡り鳥はどうやって渡りをするのか
渡りの時期がやってきたことをどうやって知るのか
渡りのルートはどうやって知るのか
渡りに必要なエネルギーはどうやって得てるのか
渡りの時期
このムシクイを始めとして多くの鳥たちは、夜間に渡りをする 渡りが始まる時期には、そわそわして落ち着きがなくなり、飛びたいという衝動がどんどん高まるようだ
カゴに入れた鳥であっても、カゴの中を頻繁に飛び回るようになる
この行動を目安にして、カゴに入れた鳥がいつ渡りの衝動を見せるようになるかを調べた
条件
第一のグループ
季節の移り変わりに関する外的な情報が全く入らない環境
温度が一定、毎日12時間の人工的な照明
第二のグループ
アフリカのザイール(現コンゴ民主共和国)に運んでいって、そこでカゴの中で暮らさせた
赤道近くなので、一年を通じて日照時間の変化がほとんどない
第三のグループ
ドイツでカゴに入れたものの、季節の移り変わりに関する情報は十分に入ってくるようにして暮らさせた
結果、すべてのグループの鳥が全く同じ時期に渡りの衝動を見せた
しかし、それだけですべてが決まるわけではなかった
第一グループ条件で何年も飼い続けたところ、鳥たちのリズムは、1年周期ではなくて、およそ10ヶ月の周期になった
つまり、もともと体内時計として持っているリズムはおよそ10ヶ月くらいで、それが外的な環境変化の刺激で修正されて1年のリズムになるようだ
それを調整しているのは、日照時間の変化
キタヤナギムシクイの繁殖地の一年間の日照時間の変化を真似ると、同じ1年間のスケジュールで渡りの衝動を見せた
この1年間の大雑把なスケジュールを決めている体内時計は、遺伝的に備わっているようだ
ズグロムシクイという鳥は、ヨーロッパに広く分布するが、どの集団も中央アフリカで繁殖する フィンランドに棲んでいるズグロムシクイはもっとも長距離を移動せねばならず、ドイツ、フランス、カナリア諸島の順で渡る距離が短くなる
飼育下で生まれた鳥が最初の渡りの季節を迎えた時に、その渡りの衝動を調べたところ、渡りの衝動が長く続く期間の長さは、まさにフィンランドの鳥たちがもっとも長く、ドイツ、フランス、カナリア諸島の順番で短くなっていた
ドイツの集団の個体とカナリア諸島の集団の個体を交配させたところ、生まれた子どもはちょうど中間の時期に中間の長さだけ渡りの衝動を見せた
では、渡りの衝動が起きるには、どんな直接的なきっかけがあるか
鳥が渡りをすることは、繁殖のスケジュールと密接に関係している
そこで、渡りの衝動も、直接には性ホルモンの働きによって制御されている 体内時計によってある時期になると、雄でも雌でも生殖腺が発達してくる 生殖腺から分泌される性ホルモンが、渡りの衝動にスイッチを入れる
どんなホルモンがどのように働いているのかについての詳細は、まだよくわかっていない
渡りのルート
渡りの方向やルートを決めている要因は何なのか
多くの渡り鳥は単独で飛ぶ
目的地にたどり着くための何らかの「装置」を備えているはず
群れで飛ぶ鳥であっても経験だけではないはず
渡り鳥が風をうまく利用していることは確か
長距離移動に風向きは大きな影響を与える
季節風のように、ある時期に必ず一定方向に吹く風がある 多くの渡り鳥は風に乗って移動しているようだ
風向きがちょっと変わった場合などにはそちらに吹き寄せらてしまう鳥もいる
しかし、多くの鳥たちは、風の向きを考慮に入れて修正しながら、子午線に対して一定の方向をとるというような航法を身に着けている
何らかのコンパスがあるはず
長年の研究の結果、それは、太陽の偏光面を利用した太陽コンパス、特定の星や星座の位置による星座コンパス、そして地磁気であることがわかってきた
多くの鳥たちは、夜空の星座を目印に方角を決めている
スティーヴ・エムレンたちは、渡りをする時期の鳥たちに夜空が見えるようにし、その夜空の星座の配置を変える実験を行って、鳥たちが本当に星座を目印に方向を定めていることを示した 彼らは、ルリノジコという鳥をプラネタリウムの中に入れ、見える星座の位置が代わると、飛ぶ方向も変わることを実証した また、多くの鳥たちは、日没直後に渡りの飛行を開始する
そのとき、日没時の太陽の偏光面は、方向を定める上での重要な手がかりになっている
鳥たちはまた、地磁気を感知してそれを目安に使ってもいるようだ
このように、いくつかのコンパスを生まれつき備えており、遺伝的に決められたスケジュールに則って、一定期間飛行を続けると、目的地につける、というのが渡りの仕組みであると言える
渡りに必要なエネルギー
鳥たちは、渡りの前にはたくさんのエネルギーを脂肪の形で体に蓄える
脂肪は重さの割により多くのエネルギーを抽出することのできる、非常に効率のよいエネルギー源
渡りの前になると、鳥たちはひたすら食べて脂肪を蓄える
ヨーロッパからアフリカへ旅立つニワムシクイは、普段は16グラムしかないのに渡りの直前に成ると30グラムにまでなる 実験室で、餌が無制限に手に入る状態にして飼っておくと、これよりもっと太る
身に付けた脂肪でどのくらいの距離を飛んでいくことができるかは、鳥の体の大きさによる
ムシクイのような小さな鳥の場合、1グラムの脂肪でおよそ200キロメートルの飛行ができる 脂肪は飛ぶのに邪魔にならないところでなくてはならない
大部分の鳥では、心臓や腎臓の周りなど、内臓を取り巻く組織に蓄えられている
渡りの途中も、中継地を選んで、そこでたくさん食べてエネルギーを補う
渡り鳥たちは、食料のたくさんある中継地を見つけると、そこで2,3日休み、栄養補給をする
メキシコ湾を横断する1000キロの旅など、途中で休むことのできないノンストップの飛行もある
こういう場合は、出発前にいかにたくさん食べたかが成功と失敗の分かれ目になる
3. 渡りの発達要因
渡り行動は、鳥の年齢とともに発達するか
ドイツの鳥類学者が、北ヨーロッパから南イングランドや北フランスに向けて渡りをするホシムクドリを、渡りの途中、オランダのハーグで捕まえ、標識を付けてから飛行機ですぐさまスイスに運んだ スイスで放して、どこへ飛んでいくかを調べた
渡りを経験したことのある鳥たちは、軌道修正して南イングランドやフランスにたどり着いた
未経験な若鳥たちは、方角を保ったまま、イベリア半島の方へ行ってしまった
未経験の鳥には、生まれつきどちらの方向にどれだけ飛んでいくかという大体の感覚が備わっており、それだけを頼りに飛んでいることがわかる
このメカニズムがあれば、未経験の若鳥でもたいした間違いもせずに、目的地に着くのだと考えられる
しかし、この実験結果は、経験を積むと鳥たちがもともとの遺伝的なプログラムを修正できることも示している
あとで学習した様々な地上の目印も利用している
4. 渡りの究極要因
繁殖期と非繁殖期とを異なる場所で過ごす
渡りのコスト
長距離飛行は、死んでしまうかもしれない
死ななくてもエネルギーを消耗し、次の繁殖期での繁殖率が下がるかもしれない
渡りの利益
一方、ある場所に一年中とどまっていると、季節が変わるとともに、食物がまったくなくなってしまうということがありえる
もう少し先のどこかに、もっと食物の豊富な場所があれば、そこで過ごしたほうが生存率が上がるかもしれない
利益がコストを上回るときに究極的に渡りが進化すると考えられる
正確に渡りの損失と利益とを測定した研究はまだない
渡りの究極要因については、色々な仮説が出されているだけ
しかし、多くの研究者は、渡りの利益の大部分は食物供給ではないかと考えている
つまり渡り鳥は、繁殖期と非繁殖期の双方において、もっとも豊富に食物が手に入る場所を選んでいる
その一つの証拠は、冬になっても食料が十分にありさえすれば、渡らない鳥がたくさんいるということ
ヨーロッパのアカトビは、都市化と都会に出る大量の生ゴミのおかげで、冬になってもふんだんに食料が手に入るので、今ではかなりの数の鳥が渡りをしない 5. 渡りの系統進化
いろいろな説が出されてはいるものの、どうもまだはっきりしないようだ
氷河期を経て地球の気候が変動するにしたがって、暮らしやすい土地を求めてだんだん長い距離を移動するようになったのではないか
大陸移動によって大陸自体が動いてしまったので、もともとの生息地にしがみついているためには、だんだんに長い距離を飛ばねばならなくなったのではないか
しかし、渡るという行動には遺伝的な変異がたくさん存在し、そのときの環境条件に応じてかなり変化が起きやすいということはわかっている
冬が昔に比べてずいぶん暖かくなってきた結果、ヨーロッパの色々な鳥たちが、渡りをすることなくヨーロッパで冬を越すことが多くなってきている
このような鳥は昔も少しはいたのだろうが、冬が寒いのでそのような個体は結局適応度は下がっていただろう
しかし、最近は温かいし人家の庭先にはバードフィーダーがあるので、わざわざ渡りをしなくても十分に子どもを残せるようになった
近年、分子系統樹を使って鳥の種どうしの近縁関係を分析し、どの鳥が渡りをするのかしないのかを調べた
渡りという行動は、過去に何度か進化してきたけれども、いったん渡りをするようになった系統で、あとから出現した種が渡りをやめてしまうということは、非常によくあることのようだ
その一方、新たに渡りを始めるようになるのは難しく、なかなか起きない
つまり、渡りが成功するためには、渡ることのコストよりも利益の方が大きい事が重要
それがうまくいくためには、ホルモンの作用や各種コンパス、脂肪の貯蔵など、多くの性質がすべて整わなければならない
これらの条件が揃うことは比較的稀